頭のこんがらがったモカ
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(伊坂幸太郎著「魔王」)

伊坂幸太郎の「魔王」を、友人から借りて読んだ。


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アマゾンで色々と評価を書かれているからそれも読んだらだいたいどんなものかわかると思う。
伊坂の本ってのは、どうやらちょっとした超能力の登場が度々ある様だ。

借りて読了してそのままっていうのも良くないだろうということで、
自分なりに感想を書いておこう。


この本の大きなテーマに「ファシズム」がある。
作者はあとがきで否定しているが、まぁそれもわかる。
それらの大きなテーマについて作者が自分の力量で扱えないと判断したから、と俺は解釈している。

それはともかく、ファシズムと聞いて、思い浮かべるイメージはなんだろう。
作中では、「ムッソリーニ」がよく登場するが、俺の頭の中にはない。

ファシズムから連想するイメージは、独裁。
そして、独裁と言えば、、
なぜか、チェ・ゲバラが浮かんだ。

それはともかくとして、
作中の他国へ責任を押し付ける世論は、中国を想起させた。
数年前に、中国の国内で日本料理店が多く襲われる事件があった。
あれは、国に対する国民の不満を、責任転嫁により、批判を避ける意図があっただろう。
韓国には恒常的に蔓延している。

司馬遼太郎から言葉を借りると、「燃えやすいナショナリズム」の利用で、
とても低俗なものだ。


この間、ビートたけしの番組で、「独裁国家の何が悪い」という番組がやっていた。
ファシズムやナチズムと言った、いわゆる「独裁国家」というイメージを壊す内容だった。
独裁国家でも上手くやっている国はやっている。
問題は常に内包しているのだが。
要するに、後継者選択を失敗すると大変だろう。

かと言って、民主主義が全く問題ないと考えることは誤りだ。

最終的には、倫理観に委ねられるのかな。


作中では、強いリーダーになんとなく惹かれる国民、という構図が続く。
これは有りとも言えるし、小泉の時に少しあった。

今の日本の政治的構造は闇の部分が多い(と俺は感じる)ために判然しかねるが、
どうも曖昧なことが多い。
例えば中国に領海侵犯されても殆どものを言わない、言えない。
それに変わって、強行姿勢な政治家が現れて、至極(表面的に)まっとうなことを主張すれば、政治に諦めた人間もちょっと気を惹かれると考えられる。

その「ちょっと」や「なんとなく」の集合体が全体主義→ファシズムにつながっていくのでは、と、この本では提起している訳だ。

まぁ、俺はそこまで強烈に染まることはないだろうな。


この本では、兄、弟、弟の彼女の三人がメインに登場する。

で、その兄が、ライブ会場で全体主義を感じるところが、この間行ったチャラのライブを想起させた。
(初めてスタンディングのライブに行ったが、近くでみれてなかなか楽しかった。)
そして、そういうものに行った事がない人にはなかなか伝わりづらい。
周りは大半が可愛らしい服装の女の子だったが、いざライブがはじまると、周りからの圧力が凄まじい。
凄まじすぎて倒れそうにもなる、波に漂うような雰囲気。
その、ただ流されるしかない感じが、いかにも似てると感じたんだろうな。

まぁ、それも考えうるだろう、と納得できる。
ただ、それが、(例えばチャラが発した)倫理を逸脱した指示や命令をきくかというと、まるで話が違う。
一種の被害妄想だろうね。
兄の危惧感が高まっている描写だろうけど。

それから、この本の中で一番嫌だった点は、
全体主義に対抗する、ある意味で「正義」のような立場にいる弟が、
高校生の時に煙草をポイ捨てをしてたことだ。

これは、俺の潔癖?が影響しているんだろうが、
違和感が生じてもう駄目だった。



まとめると、
話の流れは結構上手く進んだように感じたのだが、
政治関係をテーマにできる力量がなかったんじゃないか。
超能力と政治は、リアリティを軸にして対称にあるものだから、
その二つを絡めた時に、偏ることもできず、というより扱いきれず、消化不良、という印象が残った。


思いつきの解釈だから、本を書いた側からしたらたまったもんじゃないだろう。



結構脱線が多くてまとまりきれてないが、半恣意的、というより思いつくままかいただけだから仕方ない。

少し反省したり。

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